大阪高等裁判所 昭和41年(う)1235号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕控訴趣意第一ないし第三点について。
所論は、原判決は本件事故につき被告人の過失を認め有罪の認定をした。しかし「対向車の前照灯にげん惑され前方注視ができないような状態になつた」場合、自動車運転者はその都度一旦停止をしなければならぬ法的義務を負うものであろうか。人間の反射神経の限界ならびにげん惑による視力の回復関係を考えると運転者が間髪をいれず急制動措置をとつたとしても、その時点においてはすでに視力は回復している筈であるから一旦停止することは無意味であり、また交通経済の観点からしても不必要であるから、運転者にはかかる義務はないものと考えられる。しかも原判決は被告人が右注視不可能な状態におかれた「時間」についてふれていないから、「直ちに停止」する措置をとつたとしても事故を回避することができたかどうか分らないことになるのである。
原判決、被告人は「自転車で通行中の」大八木秀夫に気づかず自動車を「同人に」激突させたと認定したが、被害者が当時自転車に乗つていたことおよび同人の身体に激突させたとの証拠は全くない。のみならず大八木の通行中の位置、方向、速度等の通行状態について何等の認定がないのである。
証拠により判明することは、被害者の大八木は事故現場道路のセンターライン付近に突如現われ、その自転車の前輪部が被告人の自動車の前部と衝突したこと、被害者は当時飲酒酩酊していたこと、被告人は対向車の前照灯により目が眩んだのと同時に衝突したのであること、対向車が減光措置をしなかつたことであり、これらの事実からすると本件事故は被害者および対向車の運転者の過失に起因し、被告人には過失なきものである。
原判決は以上の点につき理由不備または法令の解釈適用をあやまり、ひいて事実を誤認した違法があるというにある。
よつて記録を調査するに、昭和四一年三月一日午前一時一五分頃京都市右京区西大路四条交差点(通称西院)から西へ約二・五キロメートル地点の道路上で、時速約五〇キロメートルで四条通を西へ向けて進行中の被告人運転の普通貨物自動車と同道路中央線よりやや南寄り付近に位置した大八木秀夫およびその自転車と衝突し、被告人の自動車はその左前頭部を破損し、大八木秀夫は頭骨々折、脳底骨折、全身打撲を受けてまもなく死亡し、その自転車は前輪部が大破し、後部泥よけの部分が曲損し、スタンドが破損したこと、被告人は事故の直前対向車の前照灯に眩惑され衝突するまで大八木秀夫の存在を認識しなかつたことが認められる。
しかし、大八木秀夫が同所を自転車に乗つて通行していたのか或は自転車をもつて停止していたのかまたは歩行していたのか、さらにはその速度、方向等の動作についてはこれを認めるべき証拠はない。
ところで原判決は被告人が同地点にさしかかつた際「対向車両数台の前照灯にげん惑され、前方注視ができないような状態になつたので、このような場合に、およそ自動車運転者としては、直ちに停車の措置をとり、視力の回復を待つ等」する義務があるのにこれを怠つた過失により本件事故が発生したと認定した。人間の神経と動作との間および制動操作と車の停止との間にはそれぞれある程度の時間を要することは所論のとおりであるから、被告人が「前方注視ができないような状態になつた」とき「直ちに停車の措置」をとつたとすれば本件事故は避けられたであろうかを考えてみる必要がある。それにはそのような状態になつたときまたは場所から衝突するまでの時間または距離が重要な事項となつてくるのである。これに関し被告人は「対向車の光が目に入り目がくらんだのと同時くらいです、前面のフロントガラスがばちんという音とともに顔に細いガラスが飛んできました」(被告人の昭和四一年三月一日付司法警察員に対する供述調書)、「目が見えなくなつてすぐドンという大きな音がすると同時に私の車の前面ガラスが割れた」(被告人の検察官に対する供述調書)と供述していることからみると、「前方注視ができないような状態になつた」ことと「衝突」はほとんど同時であるとみるほかなく、これを否定する証拠はない。すると被告人がその際「直ちに停車」する義務があり、かつその措置に出たとするも、本件事故の発生を避けえられなかつたであろうと考えざるをえないのである。
本件事故を被告人の前記「直ちに停車」する義務に違反する過失の点に求める限り相当因果関係の成立は否定せられることになるのである。
しかしながら、本件は被害者の位置、進行していたとすればその方向、動作、自転車の操作方法、衝突の態様、対向車の前照灯により被告人が眩惑された地点およびその持続時間、距離、被告人がその際急制動措置に出たとして自動車が停止するに至るまでの距離、ならびに被告人が事前に被害者を認識しなかつたのは単に対向車の前照灯による眩惑だけにあるのか、それとも他にも原因があるのか、あるとすればそれは何かおよびその発生地点、そしてこれに伴う被告人の注意義務等につきなお審理をつくし、訴因変更の要あればこれを命じ、本件事故と相当因果関係ある被告人の過失の有無を審判すべきにかかわらず、原審においてこれをなさず、直ちに一部は証拠にもとずかずして原判示の認定をして被告人に対し有罪の宣告をしたのは、理由不備とはいわれなくとも、審理不尽ならびに法令の解釈適用を誤りひいて事実を誤認したものであり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れず、論旨は右の限度において理由がある。(山田近之助 藤原啓一郎 岡本健)